シェアする

アメリカ本土空襲の後、戦地に日本刀を贈った藤田信雄氏…海外の反応

第二次世界大戦当時、歴史上で唯一、アメリカ本土への空襲を行った日本海軍の藤田信雄氏。1942年にオレゴン州の山林に山火事を発生させるために焼夷弾を投下。結果、小規模な火災が発生しましたが、すぐに鎮火されました。

そして終戦後の1962年、藤田信雄氏はオレゴン州ブルッキングズ市に招待されます。そして400年間、代々伝わる日本刀をブルッキングス市に贈りました。1997年に亡くなる数日前にはブルッキングズ市の名誉市民となりました。

終戦後、藤田は地元の茨城県土浦市に戻り、工場勤めをしていた。だが1962年(昭和37年)5月20日、政府首脳より都内の料亭に呼び出され、池田勇人首相と大平正芳内閣官房長官に面会し、その場でアメリカ政府が藤田を探していることを告げられ、アメリカへ行けと命じられる。しかも日米関係への影響を心配した日本政府は、この渡米を一切関知しないとさえ告げられた。藤田は戦犯として裁かれるのではないかと考え、自決用に400年間自宅に代々伝わる日本刀をしのばせ渡米したが、ブルッキングズ市はかつての敵国の英雄である藤田をフェスティバルの主賓として招待したのであり、アメリカで大歓迎を受けた藤田は自らの不明を恥じ、持っていた刀を友情の印としてブルッキングズ市に贈った。

藤田信雄 – Wikipedia

大統領から星条旗を贈られた藤田信雄中尉の数奇なる運命

スポンサーリンク

以下、海外の反応。

・なんて素晴らしい人なんだろう。戦争よりも自分の理想を信じたのか。

・第二次世界大戦のときにオレゴンが攻撃されたなんて初めて知った。

・あんな戦争の後でも、人間同士ってのはわかりあえるんだな。

・この人は広島や長崎のことを知らなかったのか?

・広島や長崎のことを考えれば、日本よりアメリカの方が悪いはずなのに。

原爆に遭った少女の話

・でも最初は切腹をするために持って行ったんだろ?

・切腹って脇差しでするんじゃないの?

・普通の刀でもできるよ。

・僕はまさにこのオレゴン州ブルッキングズ市に住んでるよ。刀は本当に図書館に飾ってる。

・僕の祖父はちょうど戦争のときにオレゴンに住んでたんだ。今までずっと、日本人を憎んでいて、日本製のものは絶対に買おうとしなかった。

・日本の自動車と電化製品は高品質なのに。

・ドイツ製やイタリア製のものも嫌がってたの?

・お祖父さんに藤田信雄さんのことを教えてあげるべきだよ。

・『フォッグ・オブ・ウォー』って映画を見せてあげれば?

フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白

・400年前に作られた日本刀ってことはアメリカが生まれるより前からあったのか。

・なぜ攻撃したことを謝罪する必要があるんだ?

・当時は何も知らずに「日本が一番だ」という思いでいたんだろうけど、後になって戦争の恐ろしさと平和の大切さを知ったんだろう。今もイラクやアフガニスタンを敵として憎むようになってるけど、後になればその敵も自分達と同じ罪のない人々だと気づくだろう。

・なんで日本には切腹という文化があるんだろう。世界で最も進歩している国にそんな中世の文化があるのが不思議だ。

・誇りというものを大事にするからね。

・きっと日本人も、なぜアメリカは医療が進んでいるのにデブばかりなんだ、って思ってるよ。

・逆に元アメリカ軍人が日本人に謝罪するのは想像つかない。アメリカ人よりも日本人の方が多く亡くなってるのに。

・アメリカ人よりもっと多くのフィリピン人、中国人、韓国人が日本軍によって虐殺されてるのに、日本はアメリカ人にだけ謝罪するのはなぜだろう。

・アジアの他の国にも400年前の日本刀を贈れよ。

・日本人が南京の人達に謝ったことってあるのか?

南京事件

・1962年には飛行機に日本刀を積んでもよかったのか。

贈られた当初はピカピカに磨かれてるのに、図書館では完全に錆びちゃってるじゃないか。

・僕も日本刀は持ってるよ。一つはこれと同じ1600年代くらいのもので、もう一つは1300年代のものだけど、この藤田さんの刀ほど立派じゃない。

・こんな立派な日本人がいるのに、アメリカ人は日本への原爆投下を正当化してるのか。

出典:Reddit

スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク