シェアする

1854年に描かれたペリー提督の肖像画が面白すぎる…海外の反応

長野県長野市にある真田宝物館に収蔵されている米利堅人等写真図(メリケンジントウシャシンズ)に描かれた、ペリー提督の肖像画です。1854年に高川文筌によって描かれたもののようです。

Commodore Perry and five of his officers. Sketched by Hibata Osuke, 1854.

マシュー・ペリー
サミュエル・ウィリアムズ
ジョエル・アボット
オリバー・ペリー
ヘンリー・アダムス
アントン・ポートマン

マシュー・カルブレイス・ペリー(Matthew Calbraith Perry, 1794年4月10日 – 1858年3月4日)は、アメリカ海軍の軍人。エリー湖の戦いにおけるアメリカ海軍の英雄であるオリバー・ハザード・ペリーの弟。江戸時代に艦隊を率いて 鎖国をしていた日本へ来航し、開国への交渉を要求したことで知られる。来航当時の文書には「ペルリ(漢字では彼理)」と表記されていた。

マシュー・ペリー – Wikipedia

スポンサーリンク

Warning: preg_replace(): Unknown modifier '/' in /home/wonder-lab/www/wp/wp-content/plugins/jetpack/class.photon.php on line 346

以下、海外の反応。

・日本人はペリー提督のことをどう思ってるんだろう?日本の歴史における重要な存在だと思ってるのかな?

・めちゃくちゃ重要だよ。江戸時代が終わり、近代日本が始まる大きなきっかけになったんだからな。当時はあまり好かれてなかったみたいだけど。

・2枚目にジョン・レノンがいるぞ。

・子供が描いたビートルズの絵って感じだな。

・きっとイエロー・サブマリンに乗ってきたんだろう。

・1854年に潜水艦なんてあったのかな。

・アントン・ポートマンの首が全然ないぞ。

・なんでこんなにみんな首がないんだ?

・まだ首というものが発明されてない時代だったんだな。

・ちなみにペリー提督の写真はこんな感じ。

制服のせいで肩が上がっているように見えるね。肖像画では首がほとんどないけど、これを描いた人は人間の骨格を正確に描写することに慣れてなかったんだろう。

・この絵を描いた人には彼らが何歳くらいに見えてたのか。

・『サムライチャンプルー』に出てくるペリーそっくりだな。

・『サムライチャンプルー』の第23話だな。

サムライチャンプルー

・実は僕はペリー提督の子孫なんだけど、こんなところで見られて嬉しいよ。

出典:Commodore Perry and five of his officers. Sketched by Hibata Osuke, 1854.


1854 年2月13日(嘉永7年1月16日)、ペリーは琉球を経由して再び浦賀に来航した。幕府との取り決めで、1年間の猶予を与えるはずであったところを、あえ て半年で決断を迫ったもので幕府は大いに焦った。ペリーは香港で将軍家慶の死を知り、国政の混乱の隙を突こうと考えたのである。ここにペリーの外交手腕を 見て取ることもできる。

黒船来航 – Wikipedia

スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク